昔のメッセージを読み返す

もうここにはいたくない。

 

もう残っている気持ちはそれしかない。

期限は3ヶ月。

6月にはもう日本に帰ろうと思っている。

 

大学院はそのうち戻ればいい。

日本で新しい活路が見いだせるかもしれない。

人生なんて割と捨てたもんじゃないし、きっとこれからもなんとかなるはずだ。

 

コロナウィルスのことも心配だけど、それよりも自分のメンタルヘルスのが心配だ。

数ヶ月もあればよくなるだろうという希望的観測はもちろんあるのだけど。

 

ここに住み続けることが自分のメンタルヘルスにとって、良い影響を与えるとは全く思えない。弱い人間といわれれば、それまでなのだけど。

 

ただね、こんな仕事をしていて、いつも人には共感を示し、あなたはあなたそのままでいかに素敵で魅力的であるかを伝えているのに、自分にはできない。

 

期待値を高く持ち続けてしまっている。

だから、いつも何かにつけて自分をせめてしまう。

そのせいで自信も得られなければ、自分のことをそのままで認めたりもできない。

 

問題はきっとそこだったんだよな。

いつも彼にカウンセラーの役割を押し付けてたんだろうな。

特に元彼は自尊心も自信もやたらあって自分のことを世界で一番正しいと思えるような人だったから、彼の大丈夫が大きな役割を果たしてくれてたのはある。

その大丈夫も途中から言ってくれなくなった。重かったし、めんどくさくなったんだろうな。

 

自分に自信がない人が他人から魅力的に見えるはずなんてこれっぽちもない。

 

Facebookのメッセージを最初から見返す。

8年前から僕は自分に自信なんかなくて、甘いささやきばかり求めていた。

その言葉に溺れていた。

どんななおきでも、愛している。一生愛していく。

そんな言葉に溺れて、有頂天だったんだと思う。

 

ただ、その恋愛を始めたばかりの頃のメッセージを見返して、

胸がぎゅっと締め付けられると同時に声に出して泣く。

 

別れてから自分のために声に出して泣いたのは初めてかもしれない。

 

あの素晴らしい愛をもう一度。

 

中学生の合唱コンクールで歌ったこの曲。

意味なんてわからなかったこの曲。

痛いくらいわかる。

 

命かけてと誓った日から素敵な思い出残してきたのに。

あの時、同じ花を見て美しいと誓った二人の

心と心は今はもう通わない。

 

そうだよね。

彼を変えたのは僕かもしれないね。

僕かもしれない。

 

僕が自分のことをきちんと愛せなかったから、

自分のことを認められなかったから、

対等じゃなくなったのかもね。

魅力的に思えなくなったのかもね。

 

次の恋愛に進みたいし、僕は今の新しい彼氏になりそうな人を好きなのだけど、

元彼のことで咀嚼ができていない。

 

1ヶ月以上経つのに、まだグラグラしてる。

おいおい。

 

失恋とか破局とかってこんなにきついものだったっけ。